東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)126号 判決 1986年7月10日
原告
株式会社井上ジヤパツクス研究所
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和58年審判第17233号事件について昭和59年3月14日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年4月15日、昭和46年10月29日出願の昭和46年特許願第86019号(以下「原出願」という。)からの分割出願として、名称を「放電加工装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第63641号)をしたところ、昭和58年5月31日拒絶査定があつたので、同年8月5日審判を請求し、昭和58年審判第17233号事件として審理された結果、昭和59年3月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月28日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
クロツクパルスを発生する発振回路、該発振回路の発生するクロツクパルスをカウントしてオンタイム及びオフタイムを設定するカウンタとオンタイム及びオフタイムを互に独立して任意に設定するための前記カウンタのカウント数を切換設定する切換装置とからなる時間設定回路をオンタイム及びオフタイム用を兼用させて一つ設け、該時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう前記一つの時間設定回路の繰返作動を開始させる制御回路、該制御回路の制御によつて作動する前記時間設定回路から交互に出力するオンタイム信号とオフタイム信号とに対応するオンパルス幅オフパルス幅を有するゲートパルスを発生するパルス発生回路、該パルス発生回路の発生するゲートパルスによつて加工間隙に並列接続した電圧源をオン、オフスイツチングする電子スイツチを設けて成り、前記電子スイツチによる電圧源のオン、オフスイツチングにより前記加工間隙に繰返し加工パルスを供給するようにした放電加工装置。
(別紙図面(1)参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願は、昭和46年10月29日に出願された原出願を特許法第44条第1項の規定によつて分割して、昭和57年4月15日に出願したものである。
(2) そこで、最初に、本願発明が原出願の願書に最初に添付した明細書(以下「原明細書」という。)又は図面(以下「原図面」という。)に記載されているか否かについて検討する。
まず、時間設定回路を一つだけ設けることについては、原明細書の第12頁第5行ないし第10行に、「変更例としては特に図示はしないが、オンタイム設定回路とオフタイム設定回路とを別々に設けることなく、この設定回路をリングカウンター等で構成することにより一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定することもできる。」という記載(以下「本件記載」という。)がされているが、これ以上の記載は見当たらない。すなわち、時間設定回路が一つの場合、一つの時間設定回路の繰返作動を開始させるために、時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう作動する制御回路を設けるという記載は見いだせない。ただ、時間設定回路が二つ設けられる場合に、前記制御回路の作動と同様の作動が行われるようになつていることは認められる。
しかしながら、時間設定回路が二つの場合に、前記制御回路の作動と同様な作動が行われるようになつているからといつて、時間設定回路が一つの場合にも前記制御回路が当然に設けられることになるとは、原明細書における、設定回路を別々に設ける代りに一つとすることができる旨の記載から判断できるものとは認められない。更に、時間設定回路が一つの場合に、前記の作動をさせようとしても、どのような回路とすればよいかは、明らかなことであるとも認められない。
したがつて、本願発明が原明細書又は原図面に記載されているものとも、それに示唆されているものとも認められず、本願は、原出願の一部を新たな特許出願としたものとは認められないから、出願日が遡及するものとすることはできない。
(3) 次に、本願発明を、当審で通知した拒絶理由における引用例記載のものと対比して検討する。
本願発明の要旨は、前記2記載のとおりである。
そして、引用例には次の事項が記載されているものと認める。
第1引用例(特開昭48―51397号公開特許公報)
(イ) クロツクパルスを発生する発振回路、該発振回路の発生するクロツクパルスをカウントしてオンタイム及びオフタイムを設定するカウンタとオンタイム及びオフタイムを互いに独立して設定するための前記カウンタのカウント数を切換設定する出力選択リレーとから成る時間設定回路をオンタイム用及びオフタイム用を別々にして二つ設け、該時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう別々に設けた前記二つの時間設定回路の作動を開始させ、前記時間設定回路から交互に出力するオンタイム信号とオフタイム信号とに対応するオンパルス幅とオフパルス幅を有するゲートパルスを発生する結合回路、該結合回路の発生するゲートパルスによつて加工間隙に並列接続した電圧源をオン、オフスイツチングするスイツチを設けて成り、前記スイツチによる電圧源のオン、オフスイツチングにより前記加工間隙に繰返し加工パルスを供給するようにした放電加工装置。
(ロ) 設定回路を別々に設けることなく、一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定できるということ。
(別紙図面(2)参照)
第二引用例(特開昭50―81772号公開特許公報)
第1の設定時間が経過するとその信号により第2の計数を始めさせ、第2の設定時間が経過すると、その信号により第1の計数を始めさせるようにして、一組の10進計数回路をオンタイムとオフタイムの両時限に共用する繰返タイマ。
(別紙図面(3)参照)
そこで、本願発明(前者)と第1引用例記載のもの(後者)とを比較すると、後者が、時間設定回路を一つとする場合の具体的構成が明らかにされていないのに対し、前者は、時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう、一つの時間設定回路の繰返作動を開始させる制御回路を備えている点で相違し、その他の点では、一致しているものと認める。
しかるに、一つのカウンタをオンタイムとオフタイムの両時限に共用することは、第2引用例に記載されているのであるから、後者において時間設定回路を一つとする場合に、第2引用例に記載されたような、第1(又は第2)の設定時間が経過すると、その信号により第2(又は第1)の計数を始める回路を用いることは、容易に考えられるものと認める。
(4) 以上のとおりであるから、本願発明は、第1引用例及び第2引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許をすることができないものである。
4 審決の取消事由
審決は、本願発明の要旨である技術的事項が原明細書に記載されているにもかかわらず、原明細書又は原図面に記載されているものとも、それに示唆されているものとも認められないと誤つて判断した結果、本願は原出願の一部を新たな特許出願としたものではなく、本願の出願日が遡及しないと誤つて判断したものであるから、違法であり、仮に、本願の出願日が遡及しないとしても、審決は、本願発明と第1引用例記載のものとの相違点について判断するに当たり、第2引用例記載のものの技術内容を誤つて認定した結果、本願発明は第1引用例及び第2引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであるから、違法であつて、取消されるべきである。
(一)(1) 審決は、原明細書には、「時間設定回路が一つの場合、一つの時間設定回路の繰返作動を開始させるために、時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう作動する制御回路を設けるという記載は見いだせない。」と認定している。
しかしながら、本願発明における時間設定回路の技術目的は、オンタイム及びオフタイムの時間を互いに独立して任意に設定することと、設定したオフタイムとオンタイムの時間を始めるようにするためオンタイム信号とオフタイム信号とを交互に出力することである。このことは、原明細書の記載全体、特に第2頁第4行ないし第10行、第3頁第3行ないし第8行、同頁第17行ないし第4頁第9行、第5頁第12行ないし第8頁第8行、第9頁第11行ないし第17行及び第12頁第5行ないし第17行の記載から明らかである。
そして、原明細書には、時間設定回路は、図示した二つの時間設定回路を設ける場合と一つの時間設定回路を設ける場合があることを明記(原明細書の特許請求の範囲の記載及び本件記載)している。
そこで、一つの時間設定回路を設ける場合は、それを繰返し作動させる制御を行わせなければならないことは当然であり、その制御のために制御回路を設けることは、前記技術目的及び原明細書の記載事項からして、二つの時間設定回路を設ける場合と同様であると考えるのが自然であり、設けられる制御回路は、二つの時間設定回路を設ける場合と同様の制御回路であることは容易に予測されるところである。
したがつて、原明細書には、一つの時間設定回路を設ける場合も、二つの時間設定回路を設ける場合と同様の作動をする制御回路を設けることが明らかに記載されており、少なくとも記載されているのと同程度に示唆されているというべきである。
(2) また、審決は、「時間設定回路が二つの場合に、前記制御回路の作動と同様の作動が行われるようになつているからといつて、時間設定回路が一つの場合にも前記の制御回路が当然に設けられるようになるとは、原明細書における、設定回路を別々に設ける代りに一つとすることができる旨の記載から判断できるものとは認められない。」と認定している。
しかしながら、本願発明における時間設定回路の技術目的は、前記(1)のとおりであり、原明細書の本件記載は、時間設定回路を別々に設ける場合と同様に、一つの時間設定回路でオンパルスとオフパルスを得られるようにこれを制御するということを意味するものであり、当然に、制御回路を設けて、これにより一つの時間設定回路の繰返作動を制御して、前記時間設定回路の技術目的を達成することを予定しているものである。すなわち、審決が認めているように、原明細書(第7頁第2行ないし第10行、同頁第19行ないし第8頁第8行)には、二つの時間設定回路が設けられる場合、制御回路が時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるように時間設定回路を作動させることが記載されており、この場合、制御回路は時間設定回路の交互作動を制御するものであるのに対し、時間設定回路が一つの場合には、制御回路は時間設定回路の繰返作動を制御するものとなるだけであつて、時間設定回路に対し制御回路が設けられることに相違はない。このことは、原明細書の特許請求の範囲中の「クロツクパルス発生回路によつて発生するクロツクパルスをカウンターにより構成される一つの時間設定回路もしくはオンタイム及びオフタイムの二つの時間設定回路に加えて演算し、該時間設定回路の出力パルスを結合してゲートパルスを出力し」との記載からも明らかである。
(3) 更に、審決は、「時間設定回路が一つの場合に、前記の作動をさせようとしても、どのような回路とすればよいかは、明らかなことであるとも認められない。」と認定している。
しかしながら、審決も認めるように、原明細書には、該時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるように、別々に設けた前記二つの時間設定回路の作動を開始させるように制御することが記載されており、このような機能、特性に対応する制御回路の回路構成は原出願当時周知であつた。
そして、一つの時間設定回路をオンタイム及びオフタイムに兼用させた場合には、その制御回路は、二つの時間設定回路のときこれを交互に作動させるところを繰返して作動させる構成をとるだけで、機能において、オンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めさせるようにする点は二つの時間設定回路の場合と相違しない。したがつて、この特性に対応しての制御回路の回路構成は、二つの時間設定回路の場合と全く同様に接続させることが自明である。
また、一つの時間設定回路の繰返作動によりオンタイムとオフタイムを設定するよう制御回路を設ける技術は、従来から知られている。すなわち、特許出願公告昭44―1111号特許公報(甲第9号証)記載のものは、n進カウンタC1とm進カウンタC2によつて一つの時間設定回路を形成し、繰返して作動させるようにした時間設定装置であつて、カウンタC1、C2のカウント数の切換装置には選択回路P1~Piが設けられているが、オンタイムとオフタイムの二値を設定するためにはP1とP2だけ利用すればよい。そして、選択回路P1においてカウンタC1、C2の計数値mを選択設定し、選択回路P2においてカウンタC1、C2の計数値nを選択設定した場合に、計数値mをオンタイム、nをオフタイムとすれば、カウンタC3(1からiまでの数の計数サイクルを繰返し動作するi進カウンタ)にオンタイム信号とオフタイム信号とが交互に繰返して供給され、カウンタC1、C2はオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう作動し、ダイオードD2、D3、D41、D51、D42、D52等がその制御回路となる。また、ドイツ連邦共和国特許第1271171号出願公告明細書(甲第8号証)のFig.1、Fig.4及びFig.5記載の回路のうち、カウンタD6~D10は一つの時間設定回路を形成するもので、このカウント数をスイツチS12~S15とスイツチS16~S19によつて選択設定する。そして、スイツチS12~S15によつて計数値n、スイツチS16~S19によつて計数値mをそれぞれ選択設定した場合に、計数値mをオンタイム、nをオフタイムとすれば、マルチバイブレータM2にオンタイム信号とオフタイム信号が交互に繰返して供給され、カウンタD6~D10はオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう作動し、マルチバイブレータM2から信号が入力しカウンタD6~D10にリセツト信号を供給するリセツト回路N2は、その繰返作動のための制御回路である。このパルス発生回路は医療用機器のものであるが、パルス回路の技術は、医療用機器であるか放電加工装置であるかにより異ならない。
したがつて、原明細書に、時間設定回路が一つの場合の制御回路が実施例として明記されていなくても、原明細書には、制御回路をどのような回路とすればよいかは、当業者に自明な程度に記載されていることは明らかである。
(4) 原明細書の本件記載中で一つの時間設定回路を構成するのに用いるとされている「リングカウンター等」とは、リングカウンタ及びこれに類するカウンタを意味する。
右リングカウンタに類するカウンタはごく一般に知られており、細田悦資著「トランジスタデイジタル回路」株式会社産報発行(甲第7号証の1ないし3)の図6・28(b)(第190頁)、図6・29(第191頁)に示されたもの、前掲昭44―1111号特許公報に示されたカウンタC3のi進カウンタ、川又晃著「パルス応用回路」日刊工業新聞社発行(甲第11号証の1ないし3)の図4・48(第102頁)に示されたもの等がこれに該当し、また、松下電器産業株式会社製造・技術研修所編著「デイジタル制御」同社発行(甲第12号証の1ないし3)第172頁、第173頁、第262頁ないし第269頁は、リングカウンタはシフトレジスタであること、リングカウンタに類するものとして種々のシフトレジスタ回路があることはごく一般的な知識であると教示している。
そして、リングカウンタには、制御回路を設けずに使用されるもの(前掲「パルス応用回路」の図4・46((第99頁))に示されたもの)もあるが、制御回路を備えたリングカウンタも普通に使用されている。すなわち、前掲「デイジタル制御」第263頁ないし第269頁には、リングカウンタを動作すべき作業工程に応じて論理ゲートにより制御する回路がごく常識的な回路として教示されており、B ホールズワース著、町好雄他3名共訳「デイジタル回路の設計」株式会社マイテツク発行(甲第13号証の1ないし3)の第157頁ないし第160頁、「トランジスタ技術1970年12月号」CQ出版株式会社発行(甲第14号証の1ないし4)の第116頁、第117頁、特許出願公告昭45―5808号特許公報(甲第15号証)の第1図、第2図及び第4図、特許出願公告昭44―14124号特許公報(甲第16号証)等に示されたものは、いずれも論理ゲート等の制御回路を備えたリングカウンタである。また、前記リングカウンタに類するカウンタのうち、前掲昭44―1111号特許公報記載のものは制御回路を備えたものであり、前掲「トランジスタデイジタル回路」の図6・28(b)、図6・29に示されたもの及び「パルス応用回路」の図4・48に示されたものは、制御回路についての記載はないがいずれも制御回路を備えうるものであり、前掲「デイジタル制御」には、リングカウンタに類するものについても制御回路を備えうる旨の記載がある。
本件記載中の前記「リングカウンタ等」は、このような制御回路を備えたリングカウンタ等を含むものであつて、右「リングカウンタ等」の用語が制御回路を設けないリングカウンタのみに限定して、それ以外のものを排除するというような特別な意味をもつものではない。
したがつて、原明細書中の本件記載が「この設定回路をリングカウンタ等で構成することにより一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定することもできる。」としているのは、一つの時間設定回路の場合の実施例は、制御回路により、リングカウンタ等で構成した一つの時間設定回路を制御し、該時間設定回路でオンパルスとオフパルスを交互に繰返して発生することを説明しているのであり、これは一つのリングカウンタ等でオンタイムとオフタイムを交互に計数することを示しているのである。
被告は、原明細書には、制御回路を設けないリングカウンタしか記載されていない旨主張するが、時間設定回路を制御回路を設けないリングカウンタで構成したものに限定すると、原明細書に記載された発明の目的を達成することができない。すなわち、原出願に係る発明は、従来技術ではパルス幅、休止幅、周波数等を目的に応じて変更させるのに複雑な切換え調整を必要とし、変更範囲にも限度があつて、広範囲にわたり任意に切換え調整をすることができなかつたので、これを解決することを目的とするものであり(原明細書第2頁第4行ないし第3頁第4行)、オンタイムとオフタイムを互いに独立に設定するために、オンタイム及びオフタイムの各時間設定回路にそれぞれカウンタのカウント数を切換え設定する切換器(出力選択リレー)を設け(別紙図面(1)第1図の5、8、12、15、第9頁第18行、第19行)、それらによつてカウンタの加算乗算度を選択変更して所定のオンパルス、オフパルスを発生するので、パルス幅の長い荒加工からパルス幅の短い仕上加工までの広範囲にわたつて任意に目的とするパルスを発生させることができる効果を奏するものである(第7頁第12行ないし第14行、第9頁第11行ないし第17行、第12頁第14行ないし第17行)。しかるに、設定回路を、制御回路を設けないリングカウンタで構成するならば、オンタイムとオフタイムの組合せの範囲はきわめて狭くなり、荒加工から仕上加工までの広範囲にわたり、オンタイムとオフタイムとを任意に切換えることができなくなるから、前記目的、作用効果を達成することができない。したがつて、原出願に係る発明はこのような制御回路を設けないリングカウンタに限定するなどということは予想していないところであつて、原明細書には、制御回路を設けないリングカウンタしか記載されていないという被告の主張は失当である。
なお、審決は、本願は出願日が遡及しないとしたうえで、本願発明と第1引用例記載のものとの相違点を判断するに当たり、第2引用例記載のものを用いることは容易に考えられるとしているが、そうであれば、当業者は、本件記載中の「リングカウンタ等」は当然制御回路を備えたものと理解することができるというべきである。
(二) 仮に、本願については、出願日が遡及するものと認められないとしても、審決が引用する第2引用例記載のものは、キープリレーの接点が機械的に離れて浮く瞬間を利用してユニツト制御部のリセツト端子を高レベルにする構成のものであり、キープリレーは第2引用例記載のタイマにおいて欠くことができないものであつて、このようなタイマは本願発明のような放電加工装置のパルス発生回路に転用することはできない。
また、第2引用例記載のものは、パルス計数式繰返タイマであり、このタイマに使用されている二巻線キープリレーの機械的接点の開閉頻度は10サイクル程度以下であるのに対し、放電加工装置に必要とされるパルスの繰返周波数は100サイクルないし1メガサイクルであるから、第2引用例記載のものを放電加工装置のパルス発生回路に用いることは不可能である。
更に、第2引用例記載のものは、オンタイム及びオフタイム信号が供給されるキープリレーKからゲートパルスが発生しない。第2引用例には、キープリレーの第2接点K2から時間T1、T2毎の繰返タイマ出力が得られると記載されているが、これは本願発明におけるように、制御回路の制御によつて作動する時間設定回路から交互に出力するオンタイム信号とオフタイム信号とに対応するオンパルス幅とオフパルス幅を有するゲートパルスを発生するものではない。このように、第2引用例記載のものには、時間設定回路から出力するオンタイム及びオフタイム信号をゲートパルス発生回路に入力するための回路及びオンタイム、オフタイム信号に対応するオンパルス幅、オフパルス幅を有するゲートパルスを発生する回路が存在しないから、第2引用例記載のものを放電加工装置のパルス発生回路に転用することはできない。
なお、審決は、原明細書の本件記載中の「リングカウンタ等」は制御回路を備えていないものとしているが、そうであれば、第2引用例記載のような回路を本願発明に転用することはできないというべきである。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由の主張は争う。
審決の認定、判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法はない。
(一)(1) 原明細書には、原告が時間設定回路の技術目的であると主張するオンタイム及びオフタイムの時間を独立して設定することについては記載されていない。時間設定回路が二つの場合の実施例が各タイムを独立して設定できるように構成されていることは認めるが、だからといつて、一つの時間設定回路を設ける場合も同様となる根拠はない。
また、原告は、一つの時間設定回路を設ける場合は、それを繰返し作動させる制御を行わなければならず、その制御のための制御回路を設けることは二つの時間設定回路を設ける場合と同様であると考えるべきである旨主張するが、原明細書に記載された時間設定回路を一つだけ設けるものは、リングカウンタ等で構成されたものであり、後記(4)のとおり、リングカウンタを使用することにより、制御回路を設けなくとも、繰返作動を行うことができるものであるから、その制御のために制御回路を設けなければならないとはいえない。
(2) また、原告は、原明細書の本件記載は制御回路により一つの時間設定回路の繰返作動を制御することを予定しているものであり、原明細書第7頁第2行ないし第10行、第7頁第19行ないし第8頁第8行の記載によつても、制御される時間設定回路が二つの場合は交互作動になり、一つの場合は繰返作動させるだけで、時間設定回路の作動を制御する制御回路が設けられることに相違はない旨主張する。
しかしながら、原明細書には、二つの時間設定回路に使用する制御回路は開示されているが、これを一つの時間設定回路に適用する旨の記載はないし、原明細書に記載された一つの時間設定回路を設けるものは、リングカウンタを使用することにより、制御回路を必要としないものであるから、原告の右主張は根拠がない。
(3) 更に、原告は、一つの時間設定回路に使用される制御回路の回路構成は、二つの時間設定回路の場合と全く同様に接続させることは自明である旨主張する。
しかしながら、そのような回路構成は、原明細書に記載されていないし、原明細書に記載された一つの時間設定回路を設けるものは、リングカウンタを使用することにより、制御回路を必要としないものであるから、本願発明における一つの時間設定回路の繰返作動を制御する制御回路は原明細書の記載から自明であるとはいえない。
また、原告は、一つの時間設定回路の繰返作動によりオンタイムとオフタイムを設定するよう制御回路を設ける技術は従来から知られているから、原明細書に時間設定回路が一つの場合の制御回路が実施例として明記されていなくても、原明細書には制御回路をどのような回路とすればよいかは、当業者に自明な程度に記載されている旨主張する。
しかしながら、原告が従来技術として援用する前掲昭44―1111号特許公報記載の時間設定回路の出力は、端子V1からViまで順次所定時間間隔の出力が取り出されるものであるが、最終端子Viから出力が出た後は、その出力がカウンタC3をリセツトするように構成されていないから、それ以上の作動、すなわち繰返作動をしないものであつて、本願発明における制御回路とは異なるものであり、また、前掲ドイツ連邦共和国特許出願公告明細書記載のものは、実験医学ならびに電気医学方面の装置として適するパルス発生回路であつて、本願発明とはその適用分野を異にするものであり、しかも、原告が本願発明の制御技術と同じものと指摘する部分は、そのパルス回路の一部分を意図的に抜き出したものであるから、これを根拠に、原明細書には本願発明における制御回路が当業者に自明な程度に記載されているということはできない。
(4) そもそも、原明細書の本件記載中の「リングカウンター」とは、フリツプフロツプ回路であるが、n個のフリツプフロツプをリング状に接続したもので、入力パルスが入るたびに“1”のフリツプフロツプがリング状の回路を循環するものであり、フイードバツクを用いずとも、すなわち特別な制御回路を設けなくとも、その作動を繰返すものである(前掲「パルス応用回路」第99頁及び第101頁)。
したがつて、本件記載におけるリングカウンタ等で構成される時間設定回路(リングカウンタ等とは、リングカウンタ及びリングカウンタに類するカウンタを意味する。)は、リングカウンタの右の特質を利用して制御回路を用いずに、オンタイム信号とオフタイム信号とを交互に発生するものと解するのが相当である。
このように、リングカウンタは、一般のカウンタと明確にその構造及び特性を異にするものであるから、本件記載は、リングカウンタ等を使用することにより時間設定回路を一つにできたことを意味するものであり、原明細書に時間設定回路を二つ設ける場合の実施例として記載されたカウンタでは、時間設定回路を一つにすることはできないというべきである。
そして、本件記載は、原明細書における、一つの時間設定回路についての唯一の記載であるので、結局、原明細書及び原図面には、一つの時間設定回路については、リングカウンタ等を使用し、制御回路を設けないものしか記載されていないと解すべきである。
原告がリングカウンタに類するカウンタとして列挙するもののうち、前掲「トランジスタデイジタル回路」の図6・28(b)、図6・29、及び「パルス応用回路」の図4・48に示されたものがリングカウンタに類するものであることは認めるが、前掲昭44―1111号特許公報に示されたカウンタC3のi進カウンタはリングカウンタに類するものか否か不明である。また、前掲「デイジタル制御」は原出願後に頒布されたものであり、その内容もリングカウンタに類するものがあることを示しているにすぎない。
また、原告が制御回路を備えたリングカウンタも普通に使用されているとして列挙するもののうち、前掲「デイジタル制御」及び「デイジタル回路の設計」は原出願後に頒布されたものであるから、それらに示されたものは原出願当時のリングカウンタに関するものであるとはいえない。前掲「トランジスタ技術1970年12月号」の図53に示されたリングカウンタのNAND回路は、nカウントのnを設定するものであつて、原告主張のような制御回路ではない。前掲昭45-5808号特許公報に示されたn進カウンタは、リングカウンタに類するものであるが、そのNOR回路はn進のnを設定するもので、原告主張のような制御回路とは無関係である。また、前掲昭44―14124号特許公報に示されたリングカウンタにおける破算及びセツトパルスを与える端子11と演算命令を与える端子18は、通常のリングカウンタのリセツトパルスが与えられる端子と入力パルスが与えられる端子に相当するものであつて、制御回路を備えたものではない。したがつて、制御回路を備えたリングカウンタも普通に使用されているとする原告の主張は失当である。
(二) 審決が第2引用例を引用したのは、同引用例記載の発明が、「第1の設定時間が経過すると、その信号により第2の計数を始めさせ、第2の設定時間が経過すると、その信号により第1の計数を始めるようにして、一組の10進計数回路をオンタイムとオフタイムの両時限に共用する繰返タイマ」に関するものであるという点であつて、二巻線キープリレーを用いる点までを引用しているわけではない。
放電加工装置に必要なパルスの繰返周波数を得るために、その回路に使用する回路要素を高周波で作動するもので構成することは、第1引用例に記載されていることである。また、本願発明においても、二巻線キープリレーを使用しないタイマを具体的に特定してその発明の構成要件とすることにより、初めて高周波における動作を可能にしたものでもない。
更に、第2引用例記載のパルス計数式繰返タイマを放電加工装置のパルス発生回路に用いることを考えることは、格別の困難があるとは考えられないから、当業者が容易に考えられることである。また、審決は、第2引用例記載のものをゲートパルスを発生するものとして引用した訳ではないから、この点に関する原告の主張に意味はない。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3記載の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一)(1) 前記特許庁における手続の経緯によれば、本願発明については、特許法第44条第1項の規定に基づき原出願からの分割出願として特許出願されたものであるが、右規定に基づき原出願から分割して新たな特許出願とすることができる発明は、原出願の願書に最初に添附した明細書又は図面及び出願の分割の際の原出願の明細書又は図面(以下、「原出願の明細書又は図面」という。)に記載されているものをいうのであつて、原出願の明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、原出願の明細書の発明の詳細な説明ないし図面に記載されているものであつても差支えないが、その発明の要旨とする技術的事項のすべてが当業者においてこれを正確に理解し、かつ容易に実施することができる程度に規定されていることを必要とするものと解すべきである。本件において、原告は、本願発明は原出願の願書に最初に添附した明細書及び図面(「原明細書」及び「原図面」)に記載されていると主張し、この点を消極に解した審決の認定、判断を攻撃するので、以下に右主張に基づいて審究する。
ところで、前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、「発振回路の発生するクロツクパルスをカウントしてオンタイム及びオフタイムを設定するカウンタとオンタイム及びオフタイムを互に独立して任意に設定するための前記カウンタのカウント数を切換設定する切換装置とからなる時間設定回路をオンタイム及びオフタイム用を兼用させて一つ設け、該時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるよう前記一つの時間設定回路の繰返作動を開始させる制御回路」を設けることを必須の要件とするものであるが、一つの時間設定回路とこの回路を繰返し作動させる制御回路について、原明細書ないし原図面にどのような記載が存するかについて検討すると、成立に争いのない甲第3号証によれば、原明細書の特許請求の範囲には「(1) クロツクパルス発生回路によつて発生するクロツクパルスをカウンターにより構成される一つの時間設定回路もしくはオンタイム及びオフタイムの二つの時間設定回路に加えて演算し、該時間設定回路の出力パルスを結合してゲートパルスを出力し、電子スイツチに加えて加工間隙に並列接続した電圧源をオン・オフスイツチングすることにより繰返加工パルスを発生するようにしたことを特徴とする放電加工装置。(2) 加工間隙の放電状態を検出する回路を設け、この検出信号によりクロツクパルス発生回路を制御してクロツクパルスの発振周波数を加工間隙の状態に応じて制御するようにしたことを特徴とする特許請求の範囲(1)に記載の放電加工装置。」とのみ記載され、一つの時間設定回路を設ける場合に、本願発明のように該時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)時間を始めるよう該時間設定回路の繰返作動を開始させる制御回路を設けることについては何らの記載もなく、また、原明細書の発明の詳細な説明中には、本件記載、すなわち、「変更例としては特に図示はしないが、オンタイム設定回路とオフタイム設定回路とを別々に設けることなく、この設定回路をリングカウンター等で構成することにより一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定することもできる。」との記載が存するのみであり、更に、原図面(その内容は本願発明に関する別紙図面(1)と同一である。)には、発明の詳細な説明中に実施例として記載されたオンタイムとオフタイムとをそれぞれ設定する二つの時間設定回路を設ける場合の回路図(第1、第2図)及びその作動説明図(第3図)が図示されているにすぎないことが認められる。
(2) そこで、本件記載は、当業者において、一つの時間設定回路を設ける場合に本願発明のような制御回路を設けることを正確に理解し、かつこれを容易に実施することができる程度の記載と認めうるものであるかについて検討すると、本件記載は、その記載内容から明らかなように、時間設定回路をリングカウンタ等で構成することにより、オンタイム及びオフタイム用を兼用させた一つの時間設定回路とし、この回路によりオンパルスとオフパスルとを分周設定することができるとしているにすぎないものであつて、一つの時間設定回路を設けた場合の制御回路については何らの説明もしていない。
もつとも、前掲甲第3号証によれば、原明細書の発明の詳細な説明中には、二つの時間設定回路を設ける場合において、時間設定回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるようにオンタイム設定回路とオフタイム設定回路を交互に作動させる制御回路(別紙図面(1)第1図に図示されたナンドゲートNAND、アンドゲートAND等)が示されていることが認められるが、二つの時間設定回路を設けた場合に、このような制御回路が設けられるという記載があるからといつて、当業者において、その記載から、一つの時間設定回路を設けた場合にも当然本願発明のような制御回路が設けられるものと理解できるとはいえない。
この点に関し、原告は、一つの時間設定回路を設ける場合は、それを繰返し作動させる制御を行わせなければならないことは当然であり、その制御回路は、二つの時間設定回路を設ける場合の制御回路と同様の制御回路であり、ただ後者の場合はそれを交互に作動させていたのに対し、繰返し作動させている点において相違するのみであるから、原明細書の記載から充分示唆されている旨主張する(事実摘示第二4(1)(2)参照)。
二つの全く同じで相互に代替可能なものをそのまま一つのものに切替えて二つの用途に用いることは、慣用技術といえる程度のことであるから、仮にオンタイム設定回路とオフタイム設定回路とが全く同じ構成のものであり、それぞれの設定時間が同一であつて相互にそのまま代替させることが可能であるならば、一つの時間設定回路に切替え、繰返し作動するように制御することは、当業者にとつて自明であるといえないではない。しかしながら、本願発明は、前記本願発明の要旨から明らかなように、一つの時間設定回路にオンタイム設定用とオフタイム設定用を兼用させるものであるが、オンタイムとオフタイムとは互いに独立して任意に設定できるようになつているものであつて、オンタイム設定用のものとオフタイム設定用のものとは、(偶々一致することはあつても)常に同一でなく、それぞれの設定時間が異なりうるようなものでなければならないものであるから、両者を相互にそのまま代替させることはできない。したがつて、本願発明においては、一つの時間設定回路を単にそれが繰返し作動するよう制御するだけでは足りず、設定時間(オンタイムとオフタイム)の条件を満足させながら、しかも繰返し作動するという制御を行う必要があるのであつて、このような制御が、原明細書中の二つの時間設定回路を設ける場合の制御回路についての記載と、一つの時間設定回路を設けることについての前記特許請求の範囲及び本件記載から読み取りうるものとは到底認めることができない。
原告は、一つの時間設定回路の繰返作動によりオンタイムとオフタイムを設定する技術は周知であつたとして、前掲昭44―1111号特許公報及び前掲ドイツ連邦共和国特許出願公告明細書の記載事項を援用し、一つの時間設定回路に使用される制御回路をどのような回路とすればよいかは原明細書の記載から当業者には自明である旨主張する。
成立に争いのない甲第8号証及び第9号証によれば、前掲昭44―1111号特許公報(甲第9号証)記載のものは、n進カウンタC1とm進カウンタC2とによつて一つの時間設定回路を形成し、これを繰返し作動させるための制御回路としてダイオードD1、D4、D5、カウンタC3等を備えた原告主張のような技術内容のものであり、また、前掲ドイツ連邦共和国特許出願公告明細書(甲第8号証)記載のものは、Fig.1、Fig.4及びFig.5記載の回路のうち、カウンタD6~D10によつて一つの時間設定回路を形成し、これを繰返し作動させるための制御回路N2を備えた原告主張のような技術内容のものであつて,いずれも本願発明の前記制御回路と同等の作動をするものであることが認められる。しかしながら、一件の国内特許公報と一件の外国特許出願公告明細書(しかも、前掲甲第8号証によれば、同明細書記載のものは、本願発明と技術分野を異にする実験医学並びに電気医学用装置に関するものであることが認められる。)に、このような回路が記載されているからといつて、直ちに本願発明と同等の作動をする制御回路が当業者に広く知られていたとまで認めることはできない。かえつて、成立に争いのない甲第5号証によれば、第2引用例記載の発明は、一つの時間設定回路を繰返し作動させてオンタイムとオフタイムを得るという技術的思想において本願発明と共通するものであるが、昭和48年11月24日に出願されたものであつて、その出願者は本件原出願の約2年後においても、このような技術的思想を特許性のあるものとして出願していることが認められ、この事実は、当業者には、本件原出願時には、本願発明と同等の作動をする制御回路が周知であつたとはいえないことを裏付けるものである。
(3) 以上の理由により、一つの時間設定回路を設ける場合について、当業者が原明細書及び原図面の記載から理解できるところは、本件記載に基づき、「リングカウンタ等で構成することによつて一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定することもできる。」ということに尽きるというべきである。
原告は、リングカウンタ及びリングカウンタに類するものはごく一般に知られており、これらのうちには制御回路を設けずに使用されるものもあるが、制御回路を設けたものも使用されているとして、甲第7号証、第9号証、第11ないし第16号証記載のものを援用し、制御回路を設けないリングカウンタ等では本願発明の所期の目的を達成することができないから、本件記載は制御回路により、リングカウンタ等で構成した一つの時間設定回路を制御することを説明するものである旨主張する。
本件記載における「リングカウンタ等」とは、リングカウンタ及びリングカウンタに類するカウンタを意味することは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第12号証、第13号証の各1ないし3によれば、前掲「デイジタル制御」(甲第12号証の1ないし3)は昭和58年4月20日初版発行、前掲「デイジタル回路の設計」(甲第13号証の1ないし3)は同年3月28日初版発行に係る原出願後の技術文献であることが認められるから、原出願当時の技術水準を判断する資料とすることができないものであり、また、前掲甲第9号証及び成立に争いのない甲第7号証、第11号証の各1ないし3によれば、前掲「トランジスタデイジタル回路」(甲第7号証)の第190頁の図6・28、及び第191頁の図6・29に示されたもの、前掲昭44―1111号特許公報(甲第9号証)記載のカウンタC3、前掲「パルス応用回路」(甲第11号証の1ないし3)の第102頁の図4・48に示されたものは、いずれも単にリングカウンタに類するものの作動をさせるための制御回路であつて、本願発明の前記制御回路を備えたものでないことが明らかであるが、成立に争いのない甲第14号証の1ないし3、第15号証及び第16号証によれば、前掲「トランジスタ技術」(甲第14号証の1ないし4)の第116頁中央欄本文第9行ないし第117頁中央欄本文第3行に記載されたリングカウンタ、前掲昭45―5808号特許公報(甲第15号証)の第1図、第2図及び第4図に図示されたn進カウンタ、前掲昭44―14124号特許公報(甲第16号証)に記載されたビツト・リングカウンタは、いずれも進数変更の制御回路を備えたリングカウンタであることが認められる。
しかしながら、右のとおり原出願時リングカウンタに進数変更のための制御回路を備えたリングカウンタも存したからといつて、原明細書がその制御回路を備えたリングカウンタを用いる具体的構成については何ら開示することなく、本件記載のように、「この設定回路をリングカウンタ等で構成することにより一つの設定回路でオンパルスとオフパルスとを分周設定することもできる。」という程度の記載にとどまつている場合においては、当業者がこれを進数変更のための制御回路を備えたリングカウンタであると正確に理解し、かつ容易にこれを実施できるとはいえないのみならず、本願発明の要旨とする制御回路は、前述のとおり、一つの時間設定回路を、設定時間(オンタイムとオフタイム)の条件を満足させながら、しかもこれを繰返し作動させるという制御を行うための制御回路であるところ、当業者において本件記載に基づき、一つのリングカウンタを、設定時間の条件を満足させながら、しかも繰返し作動させるように制御して、オンタイムとオフタイム信号を得るという本願発明におけるような制御回路の具体的構成を正確に理解できるとは到底認めることができない。
原告は、時間設定回路を制御回路を設けないリングカウンタで構成したものに限定すると、原明細書に記載された発明の目的を達成することができないと主張するが、前掲甲第3号証によれば、原出願に係る発明は、放電加工装置に関する従来技術においては、パルス幅・休止幅・周波数等を目的に応じて変更するには、抵抗、コンデンサー等の複雑な切換調整をする必要があり、その変更範囲にも限度があり、任意に目的とするパルスを発生することができない等の欠点を改善することを目的とするものであることが認められるから、二つの時間設定回路を設ける場合には、同回路から出力するオンタイム(又はオフタイム)信号によりオフタイム(又はオンタイム)の時間を始めるようにオンタイム設定回路とオフタイム設定回路とを交互に作動させる制御回路を設けているに拘らず、一つの時間設定回路を設ける場合には、このような調整のための回路を設けないとすれば、両者の間にはその目的・効果の達成度合に差異が生じ、後者においてはその効果が顕著とはいえないが、それ故にこそ、後者については原明細書に本件記載程度の表現をするにとどめたと推認するのが相当であり、原明細書にその程度しか記載しないでおきながら、本願発明のような制御回路を設けなければ原発明の所期の目的を達成することができないとし、ひいて原明細書に本願発明の技術的事項を読み取るべきであるということは、明細書の記載不備を自認することにこそなれ、これをもつて本件記載について格別の解釈をすべき根拠とすることはできない。
したがつて、当業者は、本件記載に基づいて本願発明の前記制御回路を正確に理解し、これを容易に実施することはできないというべきであるから、結局、本願発明は、原明細書又は原図面に記載されているものとも、それに示唆されているものとも認められず、本願は原出願の一部を新たな特許出願としてものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。
(二) 原告は、本願が原出願の一部を新たな特許出願としたものと認められず、出願日が遡及しないとしても、第2引用例記載のものを本願発明のような放電加工装置のパルス発生回路に転用することはできない旨主張する。
前掲甲第5号証によれば、第2引用例はパルス計数式繰返タイマに関するものであつて、制御回路(第1のユニツト制御部UC1((計数回路10cの計数を開始させ、またその計数値をリセツトする。))、第2のユニツト制御部UC2((計数回路10cの計数を開始させ、またその計数値をリセツトする。))と、UC1の出力をセツトコイルの入力とし、UC2の出力をリセツトコイルの入力とする二巻線キープリレーK及びその接点K1)の制御によつて作動する時間設定回路(一組の10進計数回路10cと、10cの出力が設定値に達すると出力を生じ、ユニツト制御部UC1を動作させる第1の計数設定部PS1、同様にユニツト制御部UC2を動作させる第2の計数設定部PS2)から交互に出力するオンタイム設定信号とオフタイム設定信号とによつて決定されるオンパルス幅t2とオフパルス幅t1(別紙図面(2)第2図に示されたKのタイムチヤート参照)とを有する繰返し出力(ゲートパルス)を発生させている構成が開示されていることが認められる。
ところで、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書には、実施例として、論理回路(NAND・AND)を制御回路として用いたものが開示されていることが認められ、このものと第2引用例に開示された使用可能周波数の低い二巻線キープリレーKを用いたものとは、制御回路としての具体的構成を異にしているが、成立に争いのない甲第4号証によれば、第1引用例(原出願に係る公開特許公報)には、二つの時間設定回路を設けたものについてではあるが、時間設定回路から出力するオンタイム信号とオフタイム信号により、論理回路(NAND・AND)を用いて、それらの信号に対応するオンパルス幅とオフパルス幅とを有するゲートパルスを発生する放電加工装置が開示されていることが認められるから、この第1引用例記載のものに、第2引用例に開示されている一つの時間設定回路によつてオンタイム信号とオフタイム信号を得る技術を適用して本願発明のように構成することは、当業者が容易に想到することができたものというべきである。
原告は、第2引用例記載のものは、キープリレーを用いる構成であること、二巻線キープリレーの機械的接点の開閉頻度は10サイクル程度であること、オンタイム及びオフタイム信号が供給されるキープリレーKからゲートパルスが発生しないものであることを理由に、これを本願発明のような放電加工装置のパルス発生回路に転用することはできない旨主張する。
しかしながら、審決は、第2引用例記載のものが原告主張のような技術内容のものであるかどうかを認定したのではなく、第2引用例に一つの時間設定回路によつてオンタイムとオフタイム信号を得る技術が開示されていることを理由として、第1引用例に開示された前記認定の放電加工装置に、この第2引用例に開示された技術を適用して本願発明を得ることは当業者が容易に想到することができたものと判断したのであつて、第2引用例に一つの時間設定回路によつてオンタイムとオフタイム信号を得る技術が開示されていることは前記認定事実によつて明らかであり、この技術を第1引用例記載のものに転用すること自体に格別の困難は認められないから、審決の前記判断に誤りはなく、原告の前記主張は採用することができない。
また、原告は、分割出願の適否を判断するに当たり、原出願、すなわち第1引用例に係る発明のリングカウンタは制御回路を備えていないものと判断した以上、第2引用例記載の回路を第1引用例記載のものに適用することは容易とはいえない道理であり、また、逆にこれを容易と判断したのであれば、原出願に係る発明のリングカウンタは制御回路を備えているというべきである旨主張する。
しかしながら、分割出願は、原出願に包含された複数の発明の1又は2以上を取り出して別出願として出願することができる制度であるから、その適否の判断においては、原出願から分割して新たな特許出願とすることのできる発明が原出願の明細書又は図面に記載されているかどうかが判断されるのに対し、特許法第29条第2項の規定に基づくいわゆる進歩性の判断においては当業者が特許出願前に公知公用である発明に基づいて、その出願に係る発明を容易に発明することができるかが判断されるのであり、したがつて、分割出願の適否の判断において、原出願における出願の分割の対象となる発明が原出願の明細書又は図面に記載されていないと認められたため、分割が不適法であるとされた場合においても、分割出願に係る発明が原出願に係る発明に基づいて容易に発明することができたかどうかを検討すること、その検討の結果これを肯定的に判断することは何ら妨げられないところであると共に、右肯定的判断がなされた場合、そのことは、分割出願に係る発明が原出願に包含されていたことを当然の前提とするものとみなければならない何らの必然性もないのである。それ故、原明細書又は原図面には、一つの時間設定回路を設ける場合に、本願発明のような制御回路を設けることが記載も示唆もされていないと判断することと、原出願、すなわち第1引用例に係る発明において、時間設定回路を一つ設ける場合に、本願発明の特許出願前に公知の第2引用例記載の回路を用いて本願発明のような制御回路にすることが容易であると判断することとの間には何らの矛盾も存しないから、原告の右主張は理由がない。
したがつて、本願発明は、第1引用例及び第2引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断には誤りがない。
(三) 以上のとおりであるから、審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法の点はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)
<以下省略>